日刊OkiMag

沖縄の民話

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 昔のおじーやおばーは、地震があると「ちょうちか、ちょうちか。」と呪文を唱えていたそうです。  ということで、今回は、何故地震の時に「ちょうちか」と唱えるかについて。  

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■日秀上人   【金武町】

 沖縄本島の北部、太平洋に面した金武湾の富花港(ふっかこう)に一隻の小舟が漂着しているのを金武間切並里村の若者が見つけました。舟は帆柱が折れ舳先(へさき)もその形を失うほどに壊れていました。

 若者が中を見ると、大きな箱がありました。「この中に宝箱でもあるのかな。」そう思って、その箱を開けると、中には息も絶えだえになった僧侶がいました。  普陀落渡海(ふだらくとかい)といって和歌山県の那智から、西方浄土を目指して舟を出した日秀上人(にっしゅうしょうにん)でした。

 時は、琉球国が最も栄えていた16世紀の初頭、第二尚氏の第三代、尚真王の時代でした。若者は、「これはいかん。」とその僧をすぐに舟から助け出し弁当を温めてお粥を作って食べさせました。やがて、元気になった僧は立ち繧ェると、「ふくらっしゃ(誇らしや)みなと。」と言いました。  そこで、その地を富花(ふっか)というようになったということです。

 若者は、僧に水を飲ませようと、近くの丘の麓にある泉に案内しました。  僧はその水を一口飲むと、「うん、これは良い水だ。」と言い、それから茶をたてる時にはその泉の水を用いるようになったので、その泉を茶井(さーが)と呼ぶようになりました。日秀上人は、後にこの若者に、若者の家の近くを流れる樋川(ひじゃーがー)に因んで、比嘉の姓を与えました。

 その頃金武では、金武の洞窟に大蛇が住んでおり、洞窟に続く大川に娘が水を汲みに行くと、その娘をさらって生肝を食っていました。  村人は、これには困ったが、相手が恐ろしい大蛇なので退治することもできませんでした。そのうちに、大蛇を恐れて大川に誰も近づかなくなると、今度は近くの畑の作物を荒らし、その上長い間雨を降らせませんでした。  村の作物は、ことごとく日照りに枯れ、明日の食べ物にも困るようになりました。

 この話を聞くと、日秀上人は「私をその洞窟に連れて行ってくれ。」  と村人に頼みました。村人が案内すると、洞窟の中から恐ろしい大蛇の唸り声が聞こえてきました。日秀上人は、その声にひるむことなく、静かにその洞窟の前に座ると一心にお経をあげました。その時、洞窟の中からはいっそう大きな声で、「わーわー、うーうー、腹が減った。生肝をくれ。」と大蛇が叫び、やがて洞窟から頭を出したので村人達はその恐ろしさのあまり気を失いました。それでも上人がお経を上げ続けると、大蛇は勢いを失い、激しい雷鳴がして、大雨が降り始めました。そこで、日秀上人はこの大蛇を洞窟の中に閉じ込め、その洞窟の近くに金武観音寺を建てました。

 やがて、日秀上人の名は首里城の尚真王も知るところとなりました。そして尚真王の仏教の師となった日秀上人は、那覇の地に彌陀、薬師、観音を祀る護国寺を建て、琉球国の護りとしました。さらに、交易が盛んだった那覇港の近くには、後世まで那覇商人が信仰した夷堂(えびすどう)を建て、那覇の東西と湧田(わくた)の地には地蔵尊を祀る地蔵堂を建てて、仏教を広めました。

 上人はまた、当時、那覇から首里に上る松川に妖怪が多く出て、道行く人が困っているのを聞くと、松川の指帰(さしかえ)の地に、妖怪を退散させるための呪文を書いた石碑を建て、妖怪退散の祈祷もしました。  この石碑と日秀上人の祈祷で、たちどころに妖怪は退散し、人々が無事に通れる道になりました。もっとも、後に石碑は摩滅して、何が書いてあるのか  まったく読めなくなったので、人々は訳がわからないことを称して、「松川の碑文」と言うようになったということです。

 浦添から首里に行く途中の丘にも、妖怪が出て人々を困らせていました。  日秀上人は、その丘の上には、金剛経を書いた石を埋めました。すると、その丘からも妖怪は退散し、人々が安心して交通できるようになりました。  その丘は、お経を埋めた岡なので、人々から経塚(ちょうちか)と呼ばれるようになりました。

 ある時、旅人がその経塚で昼寝をしていると、近くの村人が大騒ぎをしているので目が覚めました。火事があったわけでもなければ、妖怪が出たわけでもありません。そこで、旅人が村人に聞くと、「今大地震があったんですが、知らなかったのですか。」とかえって、不思議そうに聞かれました。それで、旅人は近くの村がすべて大地震で揺れたのに経塚だけは、お経の力で揺れなかったことを知りました。それからというもの、沖縄では地震の時には、「ちょうちか、ちょうちか。」と唱えるそうです。

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