日刊OkiMag

沖縄の民話

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 沖縄では、豊かな世になること「ミルク世果報(ゆがふ)」と言います。  そして、ミルク神は沖縄の祭りでふっくらとした顔の豊穣(ほうじょう)神として登場します。今回は、このミルク神について。

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■ミルク神とサーカ神   【竹富町西表島】

  サーカ神とミルク神は隣り合った村に住んでいました。サーカ神は、「働いて難儀するより、働かないで人の物を取って食べた方がいい。」と言っていました。逆に、ミルク神は大変働き者で、「働けば働くほど幸せになる。  働かないといけない。」と村人に教えていました。   ミルク神の村人は皆働き者だったので村は栄えました。一方、サーカ神の村は栄えなかったので、サーカ神はミルク神を怨むようになりました。

  それで、ある日、サーカ神はミルク神に言いました。「こう隣合って住んでいると、お互いにおもしろくないこともある。相談だが、蓮華(れんげ)の花が先に咲いた方が、好きな土地を取ることにしようではないか。」と言いました。「ああ、それでもいいよ。」と、ミルク神が言ったので、二人の神様は、蕾(つぼみ)の蓮華を持って目を閉じて座りました。

 すると、徳の高いミルク神の花が先に咲きました。サーカ神は、薄目を開けて見ていたので、先に咲いたミルク神の蓮華と自分のまだ蕾の蓮華を取り替えると叫びました。「さあ、私の花が先に咲いた。こうして、立って見える所はみんな私の土地だ。ミルク神はここから見えない所へ出て行け。」   すると、ミルク神が言いました。「それはありがたい。見えない所の土地は、私にくれるのか。」サーカ神が取った土地は立って見える高い山ばかりでした。だから、作物も作れず、そこに住む人もほとんどおりませんでした。   一方、ミルク神が取った土地は低い土地で、人がたくさん住み、作物も良くできました。

  サーカ神は、ますますミルク神の村が栄えるので、いまいましくなり、作物を食い荒らす鼠を作るとミルク神の土地に放しました。鼠は、作物を食い荒らし、壁をかじるなどして、どんどん増えいき、やがて、赤ちゃんの鼻や  手足までかじるようになりました。

 そこで、ミルク神は、鼠を退治するために、猫を作って放しました。   その頃の猫は今のように大きくなかったので、壁の穴に隠れた鼠でも捕って食べることができました。自分の放した鼠が全滅しそうになったのでサーカ神は、ミルク神の所へ来ると、「お前は馬鹿な奴だ。猫がもっと大きかったらもっと鼠を捕るのに。」そう言われたので、ミルク神が猫を今の大きさにすると、鼠は狭い穴に逃げ込んで猫に追われても逃げられるようになり、ようやく生き延びることができたのです。

  サーカ神は、鼠で失敗したので、今度は猪を作って畑を荒らさせました。   猪は一度に広い畑を荒らしたので百姓は困ってしまいました。すると、  ミルク神は猪を追い払う犬を作って、「サーカの土地は、山の土地。サーカ  のものは山に帰れ。」と言って放しました。すると、犬は猪を山に追い払っ  たので、村には出てこなくなりました。   そういうわけで、サーカ神が作った鼠と猪はサーカに似て顔がとんがっており、ミルク神が作った猫と犬はミルクに似て顔が丸いのです。

  その頃は、生き物も話ができ、どんな生き物でも言葉を話しました。   ある日、サーカ神は、生き物たちを集めて、隠し場所が分からないように生きものたちに目隠しをしてから、火を隠してしまいました。   すると、人間は煮炊きができなくなったので、大変困ってしまいました。   それで、ミルク神は生き物を全部集めて、「お前達は、サーカ神が火を隠すのを見なかったか。」と聞きました。ほとんどの動物は、「目隠しをされていたのでわかりませんでした。」と答えると、そこへ、バッタとセミが来て、「はい、私たちが見ました。」と言いました。

 セミとバッタは目が顔の脇の方にあったので、目隠しされても見えていたのでした。それで、ミルク神が、「どこに隠したのか。」と聞くと、「浜のアンチャクラの木と黒石に隠しています。」と教えてくれました。   それで石から火を出そうとしましたが火花が散るだけで、火はつきませんでした。そこで、木で火を出す道具のヒヌクギを作って擦ると火が出てきました。それで、人間はまた火を使って物を煮て食べれるようになりました。

  ミルク神は、「ああ、ここにいるとサーカに殺されるかもしれない。」と船を作り、向こうにある遠い島に銭も俵に詰めて船に乗せて渡りました。   その島は、とても貧乏な島でしたが、ミルク神はその島の王様になりました。そして、「人の物を一つ取ると十倍の損。」とミルク神が教えたので、  その島は立派に栄えるようになりました。   一方、サーカ神の島では、人々が「いくら作っても、どうせ人に取られてしまう。」と言って、何も作らないのでいつまでも栄えませんでした。

  それで、「ミルク神の島は、どんどんあんなに栄えていくのに、自分たちの島は、どうして栄えないのだろう。」と言ってサーカ神の島の人が相談して、「栄えている理由を、ミルク島で習おう。」ということになって、船でその島に渡りました。すると、船着き場の近くの畑で、二人の百姓がまるで喧嘩のように言い争っていました。それは、畑の境界線が曲がっていたのか、  真っ直ぐだったのかという争いでした。

 「ああ、ミルクの島でも争いをする人がいるのか。」と思っていると、一人が、「ここは、元々あんたのものだから取ることはできない。」と言い、するともう一人も、「あんたは頑固で困る。この畑はお前のものだよ。」と言い争っているのでした。サーカの島から来た人が、「それなら、真ん中から分けたらいいでしょう。」と言うと、「いや、私たちのミルク様は他人の物を一坪取ると十坪の損、十坪取ると百坪の損と言います。人の物を取ると  損をするからいやだ。」と言って互いに譲りませんでした。

 これを聞いたサーカの島の人は、あきれて自分の島に帰っていきました。 ミルク神は今でも島で崇められているということです。

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当民話は、沖縄国際大学文学部 遠藤庄治教授のご厚意により掲載させて頂いてお
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