日刊OkiMag

沖縄の民話

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 沖縄のある地域ではスズメバチのような大きな冬瓜(チブル、スブイ)のような腹を持った蜂をチブル蜂というと聞いたことがあります。  今回は、このチブル蜂の由来について。

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■チブル蜂の由来   【粟国村】

  昔、それはそれは貧しいお爺さんとお婆さんがおりました。  大晦日にお爺さんは、隣の金持ちの家から俵に残っている米粒をふるい落とし、それを御飯にしようと思って空の米俵を借りに行ったが断られました。  お爺さんとお婆さんはお腹が空いて仕方ないので、薪を燃やして暖まっていました。すると、「ごめんください。一晩だけでいいですから泊めて下さい。」と言う声がしました。

  家の入口に立っていたのは寒そうな着物の老人でした。  「こんな寒い晩に旅をなさっているのですか。何もありませんが、さあさあ、どうぞお入り下さい。」と家の中へ案内しました。

  その老人は大晦日の晩に人々の様子を見て歩いている神様でした。  「大晦日なのに食べ物もなく、火にあたっているだけですか。」そう言いながら神様は辺りを見回しました。「はい、今夜は大晦日ですが、お客様にお出しするご馳走もありません。」とお爺さんが言うと、「そうでしたか。  それならお爺さん、お婆さん、鍋を洗い、湯を沸かしてもらいましょう。」  と神様は言いました。湯が沸くと神様は懐から包みを取り出して粉をつまむと、三回鍋に入れました。またたく間に御飯と肉のたくさん入ったおかずが  炊けてきました。二人は神様と一緒にご馳走を食べ楽しく語り合いました。

  神様は、家を出て行く時、「一粒、種(サニ)を置いていくからしっかり育てなさい。実ったら一度に取り入れて中に入っている物を俵に詰めなさい。」  と言いました。

  さて、うりずんの季節(旧の2,3月)になったので準備しておいた畑にその一粒の種を蒔くと冬瓜(方言:チブル,スブイ)の芽が生え、蔓が伸びてきました。それから、毎日、お爺さんとお婆さんは水をやったり、蔓を這わせる棚を作ったりして、丹精込めて育てました。  そのうちに蔓はどんどん伸び広い畑一面に作った棚に広がると数え切れな  いほどの沢山のチブルの実がなりました。

  お爺さんとお婆さんは、神様から教わったように、その実を一度に取り入れて、実を切ってみると中から真っ白い米がザラザラと出てきました。  その騒ぎを聞いてやってきた隣の金持ちは、米の出るチブルの実を見て、  「そうか、それならその神様が来たらすぐに知らせてくれ。」とお爺さんに頼み込みました。

  すると何日か後にこの前の神様が来たので、すぐに隣の金持ちに神様が来たことを知らせると、金持ちは急いで来て神様に「私にも同じ種を分けて下さい。」と頼みました。  神様は、「そんなに欲しければ種をやろう。このチブルは親戚をみんな集めて収穫しなさい。チブルを切る時は、親戚の人もみんな家の中に入れて、 すべて戸を閉めてから始めなさい。」と言いました。

  金持ちの畑にも沢山チブルが実りました。収穫する時は、親戚全員で金持ちの家に運び、そしてすべての戸を閉めて、みんなわくわくしながらそのチブルを切りました。すると、中から出てきたのは、米ではなく、大きな蜂でした。そして、みんなを次々と刺し殺したということです。

  その後、神様がまた貧しい家に来て、「今度はお前たちの望みをかなえてやろう。」と言いました。お爺さんとお婆さんは口をそろえて、「若い頃に戻して下さい。」と答えました。神様は、「それなら大晦日の夜に井戸の水を汲んで浴びなさい。」と言ってどこかに消えてしまいました。  お爺さんとお婆さんは神様の教えた通りにすると、たちまち若返りました。  これが、若水汲みの始まりだということです。

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