日刊OkiMag

沖縄の民話

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/<< 【連載】沖縄の民話 >>_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 北極星のことを方言で、子ぬ方星(にぬふぁぶし)と言います。 今回はその子ぬ方星(にぬふぁぶし)の由来について。

---------------------☆--------------------

■子ぬ方星(にぬふぁぶし:北極星)の由来      【石垣市】

  昔、父親を早く亡くして、母親と3人で暮らしていた兄弟がいました。 弟は、よく働き、母親を大事にしていました。一方、兄の方は、たいへん怠け者で母親が困っていても、知らんふりして遊んでばかりいました。

  ある日、母親が病気になると、弟は一生懸命看病しましたが、兄はいつもと同じように遊び呆けていました。母親が病気で亡くなると、弟は悲しみのあまり仕事が手につきませんでした。

  「お兄さん、今日はお母さんの墓参りの日だから、一緒に来てね。」と弟が言うと、「また、墓参りか。いやだなぁ。仕方がないから、今日は一緒に行ってやるが次からはお前一人で行けよ。」と兄は答え、しぶしぶ弟と一緒に墓参りに行きました。弟が母親を思い出して泣いていると、いつのまにか墓のそばに、これまで見たことがないお婆さんが立っていました。

  このお婆さんは、「そんなにお母さんに会いたいのかね。それなら私が会わせてあげるよ。こっちに来なさい。」と言って、兄弟を川のそばに連れてきました。川は、向こう岸が見えないほど広く、水はごうごうとまいて激しく流れていました。

  お婆さんは、「さぁ、ここだよ。この舟に乗りなさい。」と言いました。 見ると、川岸に小さな舟がつないでありました。「この舟を兄弟で力一杯漕いで、向うの岸に着いたらお母さんに会えるよ。だけど、一人の力では、流れに負けるから、兄弟が力を合わせて漕ぐんだよ。じゃあ、まず私から乗るからね。」とお婆さんは、その舟に乗り、兄弟も続いて舟に乗りました。

  兄弟は、そのお婆さんを舟に乗せて一生懸命に櫂(かい)を漕ぎました。 しかし、いくら漕いでも川の流れがはやくて、舟は少ししか前に進みませんでした。遊んでばかりいた兄は、すぐに疲れて、漕ぐのが嫌になり、「いくら漕いでも、向う岸には着かないじゃないか。おれはもうやめるよ。」と言いましたが、弟は、「お母さんに会えるんだからがんばろうよ。」と言って一生懸命漕ぎました。兄は、「死んだお母さんに会えるもんか。」と言って、とうとう漕ぐのをやめて舟の中で寝てしまいました。

  弟はお母さんに会いたい一心で漕ぎつづけました。腕も腰もちぎれるほど、痛くなってきました。それでも、弟は漕ぎつづけました。 しかし、幼い弟一人の力ではどうしょうもなく、激しい流れに舟はどんどん流され、やがて舟はごうごうと水が落ちる大きい滝の近くまで流されてきました。兄は、もうぐっすり眠っていまい、そんなことは知りませんでした。

  どんどん舟が滝に近づいても、お婆さんは知らんふりをしていました。 弟はこのままでは、三人の乗った舟が滝に落ちるので必死に漕ぎました。 とうとう舟は滝から落ちそうになりました。弟は思わず叫びました。 「滝に落ちるよ。ああ、お母さん助けて!」それまで、黙って舟に乗っていたお婆さんが弟をサッと抱きかかえました。すると、お婆さんは弟を抱いたままふわっと空中に浮かびました。眠った兄を乗せた舟は、まっさかさまに滝壷に落ちていきました。

  お婆さんは、気を失った弟を抱いたまま、どんどん天高く昇って行きました。やがて、北の星座の星がきらめく空の彼方にたどり着きました。 お婆さんは、弟の顔を見ながら言いました。「あなたは立派な子供だ。世の中の目当ての星になりなさい。」 こうして、弟は天に昇って、船で航海する人皆が目当てにする子ぬ方星 にぬふぁぶし:北極星)になったと言うことです。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★≪ お願いはじまり ≫★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
当民話は、沖縄国際大学文学部 遠藤庄治教授のご厚意により掲載させて頂いてお
ります。その転載・複写、一部引用等の二次利用は、教育目的、学術的な研究目的、
啓蒙的な意義のある活動(営利を目的としないもの) において自由に可能です。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★≪ お願いおわり ≫★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

沖縄の民話を許可なく無断転載することを禁じます。
Copyright (C) 1999 沖縄まが人


≪戻る