日刊OkiMag

沖縄の民話

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 今回は、沖縄での稲の始まりについて。

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■沖縄の稲の始まり      【玉城村】

 沖縄本島の南部、島尻郡玉城村百名(たまぐすくそんひゃくな)の海岸に沖縄を始めた神、アマミキヨが上陸した薮薩(やぶさつ)の浦原があります。 その海岸に近い丘の麓に、どんな日照りのときにも清冽な流れが枯れない二つの泉があります。

 この二つの泉は二間ほどの間を置いた石灰岩の割れ目からほとばしっており、一つのゆるやかな流れの方は、ゆるやかな流れを受ける溝の意味で受水 (うきんじゅ)、もう一つの流れの早い方は、水が早く走る溝の意味で走水(はいんじゅ)と呼ばれています。 この受水の前には五坪ほどの小さな田圃があり、これが、沖縄の稲の発祥の地といわれている三穂田(みーふーだー)であります。

 男神シネリキヨと女神アマミキヨは、波に漂っていた沖縄の島を作り固めたと言われますが、そのアマミキヨの子孫にアマミツという人がいました。 アマミツは、ある時中国に渡り、福建省に行ったとき、これまで見たことがない穀物を唐の国の人達が食べており、その食べ物を勧められました。 「うむ、こんな旨い物を今まで口にしたことがない。」あまりの旨さになんとかその種を貰おうと願い出てみました。しかし、他のことは聞いてくれる中国の人達も、その種を持ちかえることだけは許してくれませんでした。

 アマミツは、しぶしぶ琉球へ戻ってくると、このことを沖縄本島中部の伊波城(いはじょう)を根城にして、盛んに海外交易を行なう伊波按司に話しました。そこで、伊波按司が中国に渡ったとき、米を琉球に持ち帰りたいと中国の人達に頼みました。「これは、旨い。早速、琉球に持ち帰りたい。この穀物の種を分けてはくれまいか。」

 ところが、伊波按司を仲間同然に扱っていた中国の人達も、すぐに断りました。「いやいや、いくらあなたでもこればかりは持たせてやることはできません。この米というものを国外には出してはならぬという掟なので、それが見つかれば大変なことになるのです。」

 やがて、伊波按司は、米が稲という植物に実るものであることや、水をはった田で作ることも知りました。琉球であれば、どこでも水が湧き出る泉があり、伊波城近くにも田は容易に作れそうでした。しかし、アマミツと同じように、見張りが厳しくて、稲を持ち出すことはできませんでした。

 「そうだ。あの鶴ならいいだろう。鶴の足につけて、この種を運ばせてやろう。」按司は、琉球に戻ると飼い慣らした一羽の鶴を連れて、再度中国に渡り、その鶴の足に密かに稲を結び付け、沖縄へ向けて飛ばしました。

 そして、急いで船で琉球に帰って鶴が帰ってくるのを待ちましたが、なかなか戻ってきませんでした。しかも、強い北風が吹き始めました。 「こんなに強い北風が吹いては、ここまで飛んで来るのも大変だ。南の玉城村か知念村辺りで羽を休めているにちがいない。」 按司は、アマミツと相談して、百名の伊波ガーの上方に見張所を建て、あちこちと捜したがいくら捜しても鶴は発見できなかったので、按司は伊波城に帰っていきました。

 それでもアマミツはあきらめずに探し回っていると、受水走水に近い新原海岸(みーばるかいがん)の西方の米地(めーし)のカラオカハの泉(現在の浜川御嶽:はまかわうたき)でとうとう鶴の死骸を見つけました。 よく見ると、その鶴の死骸の側には、三本の稲の苗が芽を出していました。

 アマミツは、その苗を取って、受水の前の狭い田にそれを植えました。 田に実った稲穂は三本だったので、その田は三穂田(みーふーだー)と呼ばれるようになりました。こうして、稲はだんだんと琉球に広がり、とうとう 国中に広まったということです。

 近年まで、三穂田の田植えの時には、農夫たちは頭上にミチジという団子を乗せ、酒と花米を供え、礼拝してから田植えを始め、田植えが終わると、アマエーダという神歌を歌いました。稲種を運んだ鶴の骨は、玉城殿内(たままぐすくどぅんち)で崇めていましたが、後に伊波按司のもとに引き取られ、現在でも伊波の仲門(なかじょう)家に所蔵されているということです。 伊波按司が見張りをした場所の下の井戸を伊波ガーと言い、戦前まで百名の大半の村人たちの飲料水として使われていたということです。

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