日刊OkiMag

沖縄の民話

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 今回は、松川童(まちがーわらび)というトンチのきいた童のお話。  

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■松川童(まちがーわらび)     【名護市】

  昔、那覇松川に松川童(まちがーわらび)という男の子が住んでいました。 ある時、松川童のお父さんが田圃(たんぼ)を耕していると名護親方という偉い役人が通りかかって、松川童のお父さんに、「おい、お百姓さん、私がお城で用をすませて帰って来るまでに、何回鍬(くわ)打ちが出来るか数えておきなさい。」と言われたそうです。

  「名護親方様は、仕事がどれほど大変なのか知りたくて、鍬を何回打ったか数えなさいと言われたのだろう。」お父さんはそう思って、一生懸命鍬を打っては、その度に数を数えていましたが、そのうち田圃を耕すのに夢中になりすぎて、つい数えることを忘れてしまいました。

  そこへ松川童がお茶を持ってやってきて、お父さんにお茶をすすめました。 「お父さん、お茶の時間ですよ。どうぞ召し上がって下さい。」 しかし、お父さんは何か心配そうな顔でお茶に手をつけませんでした。

  「どうしたんですか、お父さん。何か気になることでもあるのですか。」 松川童が聞くと、お父さんは、「実はねぇ、先ほど名護親方が通りかかって、田圃を耕すとき、何回鍬を打ったか数えておきなさいと言われたのだけれど、つい数えるのを忘れて困っているんだよ。親方に嘘は言えないし、どうしたらいいのかと心配しているんだよ。」と大きな溜め息をつきました。

  「なーんだ、そんなことなら、親方には私がお答えするから何も心配することないよ。」と松川童が言っていると、お城の用事をすませた名護親方が戻って来て、「どうだお百姓さん、鍬は何回打ったかな。」と聞きました。

  お父さんは何も言えずに黙っていると、松川童が前に出てきて言いました。 「親方様、申し上げたいことがございますが私でもよろしいでしょうか。」 親方は、立派な人だったので、「誰でも同じ人間だ。どれどれ、お前の言いたいことを言ってごらん。どんなことかな。」とやさしく言いました。

  「それでは申し上げます。親方様は首里から馬に乗っていらしたようですが、親方様のお乗りになった馬は、何歩で松川までおいでになりましたか。」 松川童の問いには、さすがの名護親方も答えることができなかったので、「こりゃ大変な子だ。この子は必ず偉い人になるぞ。」と言いながら名護親方帰って行きました。

  この話はいつの間にか城内にも広がり、「名護親方が松川童にやりこめられたそうだな。」と評判になりました。ある日、城内でも知恵者と言われている人が、二、三人集まって、「どれ、俺達三人で、松川童をやりこめてやろうではないか。」と話し合って松川童の家に行きました。

  役人達が家の前まで来ると、松川童は家の門の傍らに立っていました。 首里の役人達は松川童に「おい、お前の家はここなのか。」と聞きました。 松川童が、「はい、そうですが、何かご用でしょうか。」と答えると、 役人達は、「お前の母さんはいるのか。」と聞きました。

  松川童は、「母さんですか。いま母さんは冬青草(ふゆおーぐさ)、夏枯草(なちかりぐさ)を刈りに行っていますよ。」と答えました。  人達は首をかしげて、「そのような草が世の中にあるのかなぁ。大体、 垂ニ言うのは夏は青々として、冬になったら枯れるのではないか。冬青草、 ト枯草なんて聞いたことがないよ。」と不思議そうな顔をしました。

  「おや、お役人さん、こんなことも分からないのですか。それは麦ですよ。母さんは麦刈りに行ったのですよ。」松川童の言葉にすっかり感心してしまった役人達は、今度こそはと思って、「それでは、お前の父さんはどこへ行ったのか。」と聞きました。

  「父さんは夜の目(ゆるぬみー)を取りに行きました。」と松川童が言いました。「夜の目ということは何のことだい。そんな物があるのか。」と聞くと、「ありますとも。それはトゥブシ(松明:たいまつ)のことですよ。」と  松川童は答えました。「あはぁ、なるほど。トゥブシがなければ夜は何も見えないからな。」役人達は、またもやり込められてしまいました。

  またもや負けてしまった役人達は、「今度こそ勝たなくてはならんぞ。」とまた松川童の家にやって来ると、籠に入れて持ってきた小鳥を尾だけ見えるように両手で握って松川童に聞きました。 「この小鳥は生きているか、死んでいるか。」

  松川童は家の戸口に立って言いました。「お役人さん、私は今、家に入るところか、それとも外に出るところか、当ててください。」と言いました。 役人は、松川童が小鳥が生きていると言えば強く握って小鳥を殺し、死んでいると言えば、そのまま飛ばすだろうということをちゃんと気づいていま  した。

  知恵者と言われる三人の役人は、「外に出ると言えば中に入るし、中に入ると言えば外に出るし、どうにもならんな。どっちをとっても我らの負けだ。参った。参った。」と言って頭をかきかき、お城に帰っていきました。

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