日刊OkiMag

沖縄の民話

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 7月7日は七夕ですが、今回はその七夕に見られる天の川の由来について。  

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■天の川の由来     【宮古多良間村】

  昔、銘苅里之子(めかるさとのしー)という大将がいました。 銘苅里之子は、庭に一反(いったん)ほどの池を造って水を溜め、鯉などを飼い、里之子もそこで顔を洗ったり、水浴びをしたりして楽しんでいました。 その池の周りに樫(かし)の木を植えると、その木は大変大きな木になりま  した。

  ある日、池を眺めて楽しんでいると、朝早くどこからか美しい娘が来て水浴びをしていました。それからというもの毎日のように娘が水浴びに来ていつもすぐにいなくなるので、銘苅里之子は声をかけることができないでいました。

  里之子は、「おかしいな。どこかの娘さんに違いないのに、どうして急にいなくなるのかなあ。」と思って、それから何日か注意して見ていると、その娘は、天から降りてくると、羽衣を池の傍(そば)の樫の木の上に置いて水浴びをして、水浴びが終わると、また木に登っていって羽衣を取り、そこで着替えをして天に飛び上がって行きました。

  それを知った里之子は、その娘がまた降りて来て水浴びをしている時に娘が登ってこないうちに、隠れて木に登り、その着物を盗んで隠しました。 娘は羽衣がないと天に昇れないので、近くにいた銘苅里之子に「里之子、不思議なことに私が天に昇り降りする羽衣が盗まれてしまいました。」と言いました。

  銘苅里之子は、「ああそうかい。誰がそんなことをしたのだろう。でも、後で必ず返って来るよ。私の家で待ちなさい。」と言って、二、三日羽衣を捜しました。それでも見つからず、何日も何日も引き止めているうちに、天女は銘苅里之子と夫婦になりました。

  やがて、姉と弟の二人の子供にも恵まれました。ある日、その姉の方が弟の子守りをしながら、「泣くなよ、弟よ。私たちは大きくなったら、母ちゃんの羽衣を着て、飛んで遊びに行くから、泣くなよ。」と歌っていたので、母親の天女はこれを盗み聞いていて、「何と言っているのだろう。確か羽衣のことを歌っているようだが。」と思い、子守唄を歌っていた姉の方に、「あなたは、何という唄を歌って子守をしていたのか。」と聞くと、娘は何も言いませんでした。

  母親は、なだめすかして、「それなら、どこに母さんの着物はあるか知っているかい。」と聞くと、娘は物置から羽衣を出して来て、「ほら、ここにあるよ。」と母親に渡しました。

  天女は自分の羽衣を取り、銘苅里之子に向かって「私は地上では暮らしていけない天の人なので、天へ戻ります。許して下さい。」と言いました。 里之子がそれを聞いて驚き嘆いていると、「それなら何月何日に天から縄を下ろします。あなたも二人の子供と一緒に、その縄をつたって天に昇って来て下さいね。だけど、天の天太(てだ)の島の戸口は、チャーンと鳴って開き、チャーンと鳴って閉まるので、戸が開くと同時に、さっと入らないと危ないよ。」と言って天女は、天に昇って行ってしまいました。

  「ああそうか、降りてくる縄で天に登ることができるのか。」とわかるとその天から縄が降りてくる日になると、子供二人といっしょに準備をして待っていました。

  すると、本当に樫(かし)の木の下の方に、天から縄が降りてきました。 里之子は二人の子供を連れて、縄に掴まって天へ登っていきました。 天女が言うように天太の島の入口は、チャーンと鳴りながら開いたり閉まったりしていたので、里之子は開くと同時に戸に挟まれないように、子供と一緒に天太の島に素早く入りました。

  天太の島に入ると、天女が待っており地上からやってきた里之子にこっそり教えてくれました。「私の父親は、天太(てだ)の神(太陽の神)です。あなたが家に入ると、天太の神が冬瓜(とうが)の種を蒔いてくるよう言いつけるはずです。その時は、馬に乗って行き、馬を家の方向に向けて立たせてから、その種物を馬の歩く後ろの方へ蒔いて下さい。すぐに蔓(つる)が延びて、あなたを追いかけてきますので鎌でそれを切って逃げて下さい。」

  天太の神は、里之子に会うと天女が言った通り、「この種を向こうの畑に蒔いてこい。」と言いました。 それで、里之子が天女から教えられた通りに、馬に乗って畑の一番端に  行くと、馬を天太の神の屋敷の方に向けて立たせて、そして馬を走らせながら、種を蒔いて行くと、蒔いたところからすぐに冬瓜の芽が生え、蔓が延びてきて馬や里之子に巻きつきそうになりました。

  里之子は、天女から教えられた通り、追いかけてくる冬瓜の蔓を鎌で切りながら、種を蒔いて家に帰ってきました。 里之子が無事に家に帰って来ると、またすぐに天太の神が言いました。 「今度は、今蒔いてきた冬瓜を取ってきなさい。」

  「今植えたばかりの冬瓜にどうして実がなるのかなぁ。」と思いつつ、里之子は「はい。」と言って馬に乗り、畑に行って見ると、驚いたことに大きな冬瓜の実がたくさん実っていました。里之子は、それを取って馬に積んで家に帰ってきました。

  すると今度は、天太の神が里之子に「それでは、この冬瓜を切ってみなさい。」と言いました。天女は里之子に冬瓜を切る時は縦に切りなさいと教えることを忘れていました。

  冬瓜は大きく長く、立てたままでは割れないので、里之子は、横にしておいて真中からブツと切りました。 すると、その冬瓜からどっと汁が出てきて、それが天の川となり天女と  里之子の間に流れました。

  今でも天の川の側(そば)には、一方にはきれいな光った星が一つあり、その星の下には、小さな星が2つあることから、これは銘苅里之子と二人の子供の星であり、銘苅星(めかるぶし)と呼ばれています。 また天の川の反対側には、もう一つ天女の星があり、それをこの島ではブナズ星(女の星)と呼んでいます。

  それからは、この天の川で隔てられている銘苅里之子と天女とは、スッウプナカ(多良間の豊年祭り)のたった一日だけ、会うのが許されるようになったということです。

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