日刊OkiMag

沖縄の民話

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 竹富島では、星の形をした星砂が見られます。今回は、その星砂の由来についてのお話。

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■星砂の由来     【八重山竹富町】

  昔、十二支の子(ね)の方角の星、すなわち北極星が父親となり、午(うま)の方角の星が母親となって子供を産むことになりました。 南の方角の母親星は、お産の時期が近づいたので、天の大明神にどこでお産をしたらいいか相談しました。

  天の大明神は、しばらく下界を見下ろして眺めていると、珊瑚が広がる南の海に美しい竹富島を見つけました。「子供を産むなら水が温かく潮の流れもゆるい、竹富島の南がよいであろう。」と教えてくれました。

  母親星は、天の大明神に教えられた竹富島の南の海に降り立ちました。 そこで、珊瑚が光る海にたくさんの子供の星を産み落としました。 ところが、海を治めている七龍宮神(ななりゅうぐうしん)は、母親星が自分に断りもなく海に子供を産み、美しい海を汚したので大変怒ってしまいました。

  そこで、七龍宮神は自分に仕えている大蛇を呼ぶと「私の海を勝手に使って子供を産むのは許せない。すぐに行ってあの星の子供を食べてしまえ。」と命令しました。

  大蛇は、すぐに命令されたとおり、竹富島の南の海にやって来て、その大きな口を開けて子供の星をすべて食べ殺してしまいました。 こうして、大蛇に食べ殺された子供の星の死体は小さな星の形をした砂になり、波に漂っていましたが、次第に竹富島の南の東美崎の浜に打ち寄せられました。これが、星砂のはじまりです。

  竹富島の東美崎には御嶽(うたき)があり、そこにはやさしい女神が住んでいました。この女神は、子供星の遺骸の星砂を見つけると大変かわいそうに思って、砂浜から丁寧に拾い集めました。

  「この星砂を私の香炉に入れておけば、島の祭りの時に、この子供星は天国にいる母親星の午の方星のところに帰れるだろう。」こう考えた女神は集めた星砂を自分の御嶽の香炉に入れました。

  女神が思ったとおり香炉に入れた星砂は、祭りの時に、司達(つかさたち)がたく線香の煙と一緒に天に昇って行きました。それから、竹富島では年に一度の東美崎の御嶽の祭りのときになると、必ず香炉の星砂を入れ替えるようになりました。そのおかげで、星砂は次々に天に昇り、南の方角の母親星の周りで光るようになりました。

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