日刊OkiMag

沖縄の民話

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■姥捨山(うばすてやま)       【伊平屋村】

  昔々、大昔、「61歳になった年寄りは捨てなさい。」という国の命令で自分の親が61歳になると捨てなければなりませんでした。

  ある61歳になった母親が、1人息子に、「私を遠い所に連れて行って捨ててちょうだい。」と言いました。息子は、つらい気持ちを押さえて何里も離れた山奥に向かって母親を背負って行きました。

  母親は背負われながら、二、三間ほど行くと木の枝を一枝づつ折って道に落としていきました。とうとう山奥に着くと、母親は、「お前が帰りの道に迷わないように、木の枝を落としてきたからそれを頼りに帰りなさい。」と言いました。

  そう言われると息子は、ますます母親を置いていくのがつらくなり、泣きながら息子は家に帰っていきました。

  息子は帰ってきてからも、母親のことを思い、「今ごろはどうしているのだろうか。生きているのだろうか。」と考え、食事も喉を通らず、寝ようにも寝れずにいました。

  とうとう三日目に、母親が落とした木の枝を頼って山奥に入って行って見ると母親はまだ生きていました。「ああ、母さん。」と、息子は母親を抱きしめて泣きました。

  「私と一緒に家に帰りましょう。私はお母さんのことを思うとご飯も食べられないし、夜も寝られずに心配ばかりしているんだよ。一緒に家に帰りましょう。」と言いましたが、母親は「国の命令だから、私はここにいるよ。私はここが極楽なんだから早く家に帰りなさい。」と言いましたが、息子はそれでも母親を家に連れて帰り、誰にも見つからないように自分の家の床下に穴を掘って、そこに母親を隠して養いました。

  ある時、唐の国から大和の国に、「次の三つの問題が解けない場合には、戦争をしかける。」と言ってきました。最初の問題は、「木灰で50尋(ひろ:1尋は、両手を左右に広げた長さ)の縄をないなさい。」という問題でしたが、この国の人は誰もわかりませんでした。

  そこで息子は、家に帰り母親に尋ねてみました。すると、母親は「それは簡単なことだよ。50尋の縄をなってね、それを焼くといい。ちょうど木灰で縄をなったような形になるよ。」と言いました。息子は母親に教えられた通りやると、その問題はなんなく解決しました。

  二番目は、「体の大きさも色もすべて同じ二頭の馬の親と子を見分けなさい。」という問題でした。これもまた誰もわからなかったので、息子が母親に聞くと、「まず草を刈って、二頭の馬の前に置きなさい。最初に草を食うのが子供、後で食うのが親だよ。」と母親は答えました。教えられた通りにすると、その問題も解くことができました。

  そして、三番目の問題は、「根元も先も同じ太さの木の根と先を見分けなさい。」というものでした。また、息子が母親に聞くと、「その木を池の中に入れると分かるよ。沈む方が根っこで、浮く方が先だよ。」と教えてくれたので、最後の問題も解決することができました。

  それで、国の偉い人達は、息子にたくさんの褒美を与え、それからは、「年の劫は亀の甲。年寄りは60歳になろうと、70歳になろうと、長生きすれば国のためになるものだ。」ということで、61歳になっても山奥に捨てないで大切にするようになったということです。

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