日刊OkiMag

沖縄の民話

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 今回は、自分の寿命は自分次第でどうにでもなるというお話について。

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■扇子(せんす)の寿命    【嘉手納町】

  昔、中国に手相を見る名人がいて、いつもこの名人に手相を見てもらおうとたくさんのお客がやってきました。 その評判を金貸しの爺さんが聞きました。この金貸しの爺さんはお金を貸して返せない人がいると、その家の布団(ふとん)でもすぐに取って来るぐらいの欲張りの上に意地悪で有名な人でした。

  「手相などあたるものか。今日は暇だから、ちょっと行ってひやかしてみるか。」金貸しの爺さんは、早速立派な扇子を持って手相を見る名人の家に出かけて行き、その家に着くとすぐに、「この扇子(せんす)の寿命をあててくれ。」と言いました。

  手相の名人は、虫眼鏡で扇を見て、その次に金貸しの鬼のような顔を見て言いました。   「この扇子は来年の二月一日までの命だね。」 「それでは、私の命はどれぐらいかね。」と金貸しの爺さんは言いました。 「どれどれ、うん、あなたの命は、来年の三月三日だね。」と手相の名人は答えました。 「ああ、そうですか。」と言って、金貸しの爺さんは、もし来年の二月一日に扇子がなくらなかったら文句を言ってやろうと思って家に帰りました。

  金貸しの爺さんは、二月一日が近づくと自慢の扇子を大事に風呂敷に包んで箪笥(たんす)の中にしまい、お昼を食べに家に帰ってくると必ず箪笥の中を覗いて扇子を確かめ、夕方に帰ってくると、また扇子の無事を確かめていました。

  二月一日のその日がやってきました。朝早く家を出た爺さんは二時間もたたないうちに家に帰って来て箪笥の中を見て、それからまた用事で出て、30分ほどするとまた家に帰って箪笥を開けて扇子があるのを確かめました。

  「今日の爺さんは不思議だね。」婆さんは、爺さんの様子がいつもと違うので、部屋にこそこそと爺さんが入って行った時、戸の節穴から爺さんが何をしているのか覗いて見ました。

  すると爺さんは箪笥の中から風呂敷包みを出し、その包みの中をじっと見ているので、ますます不思議に思った婆さんは、爺さんが家を出て行った後で、「何を隠しているんだろう。」と箪笥を開けて風呂敷包みを出し、中にあるものを見ました。そこには、若い美しい女の人が描かれている扇子  がありました。

  「ああ、情けない。うちの爺さんはこんな若い女が好きになって仕事もしないで、この絵を見に家に帰ってくるなんて。」 怒った婆さんは扇子を破って燃やしてしまいました。

  それを知らずに爺さんは扇子が気になって、もう一度家に帰って箪笥の中を見てびっくりしました。「ない、ない。」と爺さんが大きな声で叫んでいるのを婆さんが聞きました。

  「どうかしたかね、爺さん。」「ここに置いていた扇子がないんだよ。」 「扇子がないって。あんたはあんな若い女の絵を見て、仕事もしないとは何事ですか。」 「いや、実は手相見のところで、あの扇子の寿命を占ってもらったら、今日の二月一日と言われたんだよ。」

  「あんな扇子、いつ無くなったって、どうでもいいじゃないですか。」 「いや、そうじゃないんだ。その時、私の寿命は三月三日までと言われたんだ。扇子の寿命が当たるなら、私の寿命も当たるではないか。」

  それを聞いた婆さんも真っ青になりました。 そこで、金貸しの爺さんは考えました。「もうじきに死ぬのだから、沢山お金を持っていてもしょうがない。いくら人から憎まれてもお金を貯めてきたが、今日からお金を貯めるのはもう止めよう。」

  それから、金貸しの爺さんはお金を貸した人の所に行くと、「もう利子はいらないよ。お金も払えるときでいいからね。」また、別のお金を貸した人の家に行くと、「貧乏でお金が払えなかったら、もう払わないでもいいよ。」と言いました。

  ある日、町はずれにある便所に入ると、風呂敷包みが落ちていました。 中にはたくさんのお金が入っていました。 「こんな沢山のお金を忘れる人もいるんだなぁ。でも忘れたのなら、すぐにお金を取りにくるはずだ。」と便所の横の木の陰に座って待っていました。

  そこへ、どこかの店の番頭らしい若い人が来て便所に入りました。 その若い人はしばらくして便所から出てくると、傍らにある木で首を吊って死のうとしました。

  「待ちなさい。どうしてあなたは死のうとするのかね。」と爺さんが引き止めました。 「私はここにお店のお金の入った風呂敷包みを忘れました。そしたら、誰かに持っていかれたので、もう店には戻れません。あんな大金は一生働いても返せないから死ぬのです。」と若者は答えました。

  そこで爺さんは、「その風呂敷包みはこれじゃないか。」と便所で拾った風呂敷包みを渡すと、若者はとても喜んで何度もお礼を言って帰っていきました。

  中国では、自分の棺箱(かんばこ)は元気なうちに自分で作るということで、爺さんも棺箱をつくり、三月二日の夕方にはきれいな着物を着て棺箱に入り、食べるものも食べないで、次の日の朝に死ぬのを待ちました。

  ところが死ぬと言われた三月三日の夜が過ぎ、四日の夕方になっても死にませんでした。 怒った金貸しの爺さんは、次の日早速、手相の名人の家に行きました。 手相の名人は、金貸しの爺さんを見ても、まるで初めて会う人のように、 「あなたは、どこからおいでなさったか。」と聞きました。

  「もう忘れたんですか。私は前に扇子の寿命と私の寿命を占ってもらったものですよ。扇子の寿命はあなたが言う通り当ったが、私の寿命は当らなかったよ。あなたは、名人だというが嘘をついた。」

  「待って下さい。前に見た時は、あなたの顔は鬼の顔だったが、今は仏の顔になっている。これはあの後で、だいぶ世のため人のために働いたのでしょう。」「うん、そうだ。」「それで、人相も変わったんですよ。」 「これなら百二十歳まで生きられるよ。」と言いました。   この金貸しの爺さんは、本当に百二十歳まで長生きしたそうです。

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