日刊OkiMag

沖縄の民話
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 今回は、骸骨(がいこつ)の恩返しについてのお話。

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■歌う骸骨    【読谷村】

  昔、何千坪もの田をつくっている百姓がいました。
  清明祭りも終わった頃、働き者の主人が田の見回りに行くと、どこからか
 悲しそうな声で歌が聞こえてきました。

  ククベーヌフキバ(穀雨の風が吹けば)
  ミカラジンヤムイ(頭が痛む)
  サンカミジラサヤ(人間の世は珍しいが)
  ジユンナラン  (自由にならない)

  その歌を聞いた主人は、その歌が聞こえたあたりを見ましたが、その歌を
 歌っている人がどこにいるのかわかりませんでした。

  「何だろう、これは。ククベーヌフキバと言ったら、ククバーは穀雨(こ
 くう)の季節だからちょうど今の三月のことを言っているんだな。その穀雨
 の季節の風が吹いたらという意味か。その後のミカラジンヤムイ サンカミ
 ジラサヤ ジユンナランは、頭が痛い、サンカは珍しいけれども自由になら
 んという意味だな。」

  するとまたその悲しそうな歌が聞こえてきました。「いったいどこで歌っ
 ているのだろう。」と主人が辺りを見ても、やはりまわりには人の姿があり
 ませんでした。「不思議だなぁ。人がいないのに歌だけが聞こえる。言葉は
 分かるが、意味がわからない。」

  歌の声は、田の近くにある竹やぶの方から聞こえてきました。主人は、竹
 やぶの中を見ました。穀雨の季節なので、今年生えた何本かの竹の子も、すっ
 かり伸びて母竹と同じ高さになっていましたが、竹やぶの中には、誰もいま
 せんでした。

  ふと竹やぶの上の方を見て、腰をぬかすほど驚きました。一本のまだ葉も
 生えていない若竹が真直ぐに高く伸びている先に真っ白になった人間の骸骨
 が風にゆらゆらと揺れているではありませんか。

  竹やぶの中で死んだ人の骸骨が、生えてきた竹の子に抜き上げられて、
 こんなに竹の子が高くなる日まで、毎日風にさらされ、日に照らされていた
 のでした。歌はこの骸骨が歌っていたのでした。

  この骸骨は若竹が風にゆれる度に、あっちの竹にぶっつかってカッカラ、
 こっちの竹にぶっつかってカッカラと音をたててゆられていました。

  「そうか、これで風が吹くたびに痛いはずだ。それに、お日さまにこんな
 に照らされては、水もほしかったのだろう。」主人は、若竹をたわめて、そ
 の骸骨を外してやりました。

  「さぞ痛かったでしょう。さあ、あんたを葬ってやるからね。」
  近くに大きな石があったので、主人はその石の下に骸骨を葬ってやり、手
 を合わせて拝みながらいいました。「もう安全な所に葬りました。安心して
 成仏してください。」

  すると、墓の中から、その骸骨の声が聞こえてきました。
  「この恩義は必ずお返しします。今年は大変な嵐が来て、他の家の田が嵐
 にやられますが、あなたの田の稲は立派に実らせてやりますからね。」

  その年は、その主人の家の田は、どんなに手入れをしても稲の苗が育ちま
 せんでした。「骸骨があんなことを言っていたが、こんなに苗が育たないの
 では、今年の稲はもう駄目だなぁ。」とがっかりしていました。

  稲の取り入れをする頃になって、それまで聞いたことがないような大嵐と
 なりました。どの家の稲もみんな風に倒されて、大変な不作となり、自分の
 家で食べる分さえ取れないという有り様でした。

  ところが、その主人の家の田は、大嵐が過ぎると、苗がすぐに育ち、その
 苗を田に植えると、たちまち大きく育って稲が実り、大豊作になりました。
  それから、その家では、毎年田植えをする季節になると、その骸骨のお墓
 に毎日お供えをするようになったということです。

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