日刊OkiMag

沖縄の民話
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  今回は、城間ナーカという長者についてのお話です。

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■城間ナーカ    【浦添市】

  那覇市の北、浦添市に城間(ぐすくま)という村がありました。
  そこに城間ナーカという長者の屋敷がありました。もともと城間ナーカの家
 が沖縄でも有数の長者になったのは、第二尚氏第十七代の王である尚コウ王
 (1787〜1834)の頃であったということです。

  この王は、退位後、坊主御主(ぼうじうすー)と呼ばれ城間の地に隠居しま
 した。女好きの坊主御主はナーカの妻が美人だったのを見そめて、しばしば
 ナーカの家を訪問しました。奇行が多く、人々から敬遠された坊主御主だった
 のですが、城間ナーカは妻が目当てであることを知りながら、手厚くもてなし
 たので、それに感じた坊主御主は城間の土地のほとんどをナーカに贈り、ナー
 カは他に並びない長者になったということです。

  もっとも、他にも城間ナーカが長者になった理由を伝える話があります。
  ある年、城間の沖で唐船が嵐で難破した時、人々は海岸に流れ着く荷物を
 争って拾いました。
  ナーカの息子達が、「お父さん、早く行かないと、いいものがみんな拾われ
 るよ。」と言いましたが、なかなかナーカは腰を上げませんでした。

  もうほとんどの人が引き上げた後になって、「それでは出かけるか。」と
 浜に下りると、その時に浜に残っていたのは皆が嫌がって棄てて置いた棺箱だ
 けでした。

  ナーカがそれを拾って、家に帰って開けてみると、余程身分の高い人だった
 のか中の死体の枕は金塊でした。
  ナーカはその亡骸を屋敷の中に丁重に葬りました。
  しばらくして唐の国からその死体の縁者がナーカの家を訪れたので、ナーカ
 がその金塊の枕を返そうとすると、受け取らないばかりか、お礼としてたくさ
 んの宝物をナーカに贈り、死体を引き取って帰っていきました。
  ナーカの家は、この金塊と宝物で長者になったということです。

  その城間ナーカの家には広い田がありました。
  草取りの時には、広い田なので、数人の下男達に草取りをさせました。
  一日仕事をした下男達がナーカに、
 「今日であの田の草取りは終わりました。」
 と報告すると、「いやまだ終わっていない。明日もあの田の草取りをしなさ
 い。」と言いました。

  次の日も下男達が帰ってきて、「もう終わりました。」言いましたが、
 「いや、まだ終わっていないから明日までやりなさい。」と言いました。
  下男達は、「おかしい。見にも来ないのに、終わっていないのが分かるの
 かな。」と不思議に思っていました。

  次の日下男達が帰ってくるのを見たナーカは、
 「もうあの田は終わったな。明日からは別な田の草取りをしなさい。」と
 いいつけました。

  ナーカは、下男達が田の草取りの終わりごろを見つけるために、田の真中に
 壷に入れた酒を置き、下男達がその酒に酔って帰って来たのを見て、その田の
 草取りが終わったことを知ったということです。

  城間ナーカは情け深い長者としても知られています。
  ある年城間ナーカの家の芋畑が何者かに毎日荒らされました。
  ナーカが夜になって畑を見回りに行くと畑の芋を掘っている者がいました。
  それは夫を失い、たくさんの子供を養っている女の人でした。
  女は「城間ナーカ様、どうか子供達に芋を恵んで下さい。」とナーカの家を
 拝んでから、芋を掘っていました。
  それを見たナーカは黙ってその場を立ち去り、それからは下男達も夜には
 その畑に近付けさせませんでした。

  また、ある日の大晦日の夜、貧乏人がナーカの家に忍び込み、天井裏に潜
 んでいる時のことです。
  家に帰ってきたナーカがあたりを見回して後で家族に、
 「今夜は、お客がいるから、一人分多く御馳走を作りなさい。」と用意させ
 ました。
  「この大晦日の晩にどんな客が来るのかねえ。」と家族の者が思い、一人
 分多くお膳を用意して出すと、ナーカはパンパン手を叩き、
 「さあ、天井のお客さん、下りて来なさい。」と言いました。

  天井にいた泥棒は、「見つかった。もう捕まえられる。」と観念して、
 天井から下りて来ました。

  そして、「悪うございました。実は大晦日になっても子供達に食わせる物
 がなく、肉一切れでもよいから家族に食わせたいと天井に隠れていました。」
 と謝りました。

  ナーカは、その泥棒を叱るでもなく「さあ、まずこの御馳走を食べなさい。
 家族の分は別に用意するから。」とその泥棒に、年越しの御馳走を食べさせ、
 家族の分も持たせて家に返しました。

  泥棒は帰る時、「城間ナーカの家が末代まで栄えますように。」と拝んで
 帰ったので、それから益々城間ナーカの家は栄えたということです。

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