日刊OkiMag

沖縄の民話
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/<< 【連載】沖縄の民話 >>_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 今回は、男性版シンデレラについてのお話しです。

              ---------------------☆--------------------

■灰坊(へーぶらー)    【勝連町】

  昔、母親が早く死んで継母に育てられている継子がいました。
  継母は、自分が生んだ子に家を継がせたいと思ったので、毒を食わせて
 継子を殺そうと思い、ある日、稲のひこばえの米は毒だと聞いていたので、
 その米で弁当を作って、田の草取りに行く継子に持たせてました。

  継子は、いつもは芋なのに米の御飯で弁当を作ってもらったので、とても
 不思議に思って、その弁当を畦道(あぜみち)に置くと、烏が飛んできて
 その弁当を食べました。

  すると烏はすぐにバタバタともがいていましたが、田の中に生えている草
 を食べると元気になって飛んでいきました。
  継子は、それを見て、「ああ、あの弁当は毒だったんだな。このヒルムシ
 の草は、その毒を消す草か。烏は死んだお母さんに代わってそれを教えて
 くれたんだ。」と言って、歌を歌いました。

   ヒルムシの草や私が命ぐさい(ヒルムシの草は私の命の草)
   空飛ぶ烏は、我親加那志(空を飛ぶ烏は、私のお母さん)

  継子は、命が助かって家に帰ると継母が不思議に思って聞きました。
 「どう、弁当はおいしかったかい。」
  継子は、「はい、とてもおいしかったですよ。」

  継母は、それを聞くと、「ひこばえの稲の米は毒だと聞いていたが、毒
 じゃないんだな。もったいないことをしたね。」と言って、自分の子供にも
 食べさせました。すると、その子供は死んでしまいました。
  継母は大変悲しんで、それからいっそう継子につらく当たったので、継子
 は家にいれなくなりました。

  家を出た継子は、旅を続けていましたが、どこかで仕事を見つけないと
 食べられないので金持ちの家に行って頼みました。
 「どうか私を使ってくれませんか。」
  その家は馬を沢山飼っている家だったので、「それじゃ、お前は草刈り
 ならできるか。」と聞かれて、「はい、できます。」と答えると使ってもら
 えることになりました。

  その家には、誰にもなつかない暴れ馬がいました。
  しかし、その馬は継子が草を持っていってやると、すぐになつきました。
  それで、他の人が乗ると暴れるのだが、この継子が乗るとおとなしくなり
 ました。

  それを見たその家の主人は、継子から事情を聞くと「お前は、ここにいて
 も成功しないだろう。もっと向こうの方に、沢山の馬を欲しがっている家が
 ある。さあ、この馬をお前にやるから、この馬でその家に行きなさい。」と
 言って、その馬を継子に与えました。

  継子は、その馬に乗って主人が教えてくれた家に行って見ると、その家は
 沢山の奉公人がいてその御飯を炊く竈(かまど)がたくさん並んでいました。
  継子は、その家に奉公することになりましたが、奉公人が多いので、継子
 の寝る場所がありませんでした。

  継子は、たくさん並んでいる竈の後ろは暖かいので、その竈の後ろで寝る
 ことにしました。
  そこに寝ているうちに、いつも継子は灰だらけになっていたので、その家
 の人も奉公人達も灰坊(へーぶらー)と呼んで馬鹿にしました。

  しかし、その家の一人娘だけは、人から灰坊、灰坊と呼ばれても怒りもせ
 ずに、一生懸命働いている灰坊を見て感心していました。
  相変わらず灰坊が連れてきた馬は、灰坊にしかなつきませんでした。
  実は、この馬は、天の神が化けている馬で、灰坊を乗せると、野原を走り
 ながら、空を飛ぶ「飛び衣」を着て空に飛び上がりました。

  家に帰ると、馬はまたその飛び羽衣を脱いで隠し、普通の馬の姿に戻り
 ました。娘は、こっそりと灰坊がその馬を世話するのを見ていました。
  ある日、遠くの町や村からも人々が集まって賑やかに競馬が行われました。
  その日には、どの家でも日頃手入れをした自慢の馬を連れて来ました。

  その時、遠くの空から空を飛ぶ馬に乗って若者が現れました。
  人々が驚いて見ていると、空をぐるぐる廻って、その馬と若者は地上に
 降りました。もちろん競馬に勝ったのは、この馬と若者でした。
  人々は、競馬から帰って来る時も、この話しでもちきりだったので、家に
 いた娘や灰坊に、その素晴らしい姿を見たことを口々に自慢しました。

  しかし、その空を飛ぶ馬で競馬場に現れたのは、灰坊だったのです。
  灰坊は、人々よりも一足先に家に帰り、馬から降りるとまたいつものよう
 にわざと灰だらけになっていました。
  それを知っていたのは、その日、競馬を見に行かず二階の奥の部屋から、
 こっそり灰坊が帰るのを見ていた娘一人だけでした。

  ある日、娘は、自分の両親に「私が是非夫にしたい人がこの家にいます。
 その人が来たら、私は手に持っている黄金の毬(まり)を落として知らせま
 す。」と言いました。
  親は承知してその家で雇われている人を一人づつ娘に会わせることにしま
 した。奉公人達は、それを聞くと「誰だろう。もしかすると私かな。」と
 娘の前に出てくる者は、すみからすみまで立派に着飾って、娘の前に出て
 きました。

  しかし、誰が出て来ても娘は黄金の毬を落としませんでした。
  その家の主人が、「奉公人はこれで全部か。おかしいな。」と言うと
 「もう一人灰坊がいますが、まさかあんな汚い奴ではないでしょう。」と
 奉公人達は言いました。
 「いや、その汚い灰坊でもいい。ここに呼んできなさい。」と言うので、
 最後に灰坊が呼ばれました。

  灰坊は、奉公人達に「娘は、あなた達でさえ黄金の毬を落とさないのに
 私の出るまくじゃないよ。」と言っていましたが、主人から「どうしても
 出なさい。」と言う命令なので、娘の前に出ました。
  すると、娘はこの時を待っていたかように黄金の毬を落としました。
  それで、灰坊はその美しい娘と結婚して、その家の跡継ぎになりました。

  ある日、その家に灰坊をいじめた継母が物乞いにやってきました。
  継母は、実の子が死んでしまい、灰坊を追い出し、一人だけになったの
 だが、自分で稼ぐこともできないので、乞食になってしまっていました。
  継母は、その大金持ちが自分の継子の家とは知らなかったが、灰坊は
 物乞いに来た人が自分をいじめた継母だとすぐに分かりました。

  それでも「今はこんなになっているが、元は自分の親だったから。」と
 与えた食べ物の包みの中にこっそりとお金を包んで入れてやりました。
  継母は、その家を出て、お金の包みを見てやっと食べ物をくれたのが、
 継子の灰坊だったことを知って、大変後悔して、
 「ああ、私がこうなったのは、悪いことをしたから天罰があたってこうなっ
 てしまったんだ。」と嘆いたということです。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★≪ お願いはじまり ≫★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
当民話は、沖縄国際大学文学部 遠藤庄治教授のご厚意により掲載させて頂いてお
ります。その転載・複写、一部引用等の二次利用は、教育目的、学術的な研究目的、
啓蒙的な意義のある活動(営利を目的としないもの) において自由に可能です。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★≪ お願いおわり ≫★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

沖縄の民話を許可なく無断転載することを禁じます。
Copyright (C) 1999 沖縄まが人


≪戻る